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岡山家庭裁判所笠岡支部 昭和48年(少)307号 決定

少年 H・T(昭三一・一・一生)

主文

この事件について審判を開始しない。

理由

一  本件送致事実は別紙のとおりである。

二  本件は、昭和四七年四月一七日検察官から当裁判所に送致されて(昭和四七年(少)第一〇五号事件)、昭和四八年三月八日当裁判所は、刑事処分に付するのを相当として、少年法二〇条によりこれを検察官に送致したところ、同年一二月二八日検察官から「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する」として、再び当裁判所へ送致されたものである。ところが、検察官が再送致の具体的理由として述べるところは、要するに、本件交通事故時に少年と被害者○本○弘が乗車していた自動二輪車を少年が運転していたと認めるに十分な証拠がないというにあるところ、かかる事由は、少年法四五条五号但書にいう「送致後の情況」に該らないのは勿論である。しかし、検察官の言わんとするところの実質は、同号本文にいう「公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑」がないというにあると認められるのであるが、かかる理由からであれば、なおさら今回の当裁判所への送致(以下本件送致という。)の根拠がなくなる。もつとも、少年法四五条五号本文にいう「公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑」と同法四二条にいう「犯罪の嫌疑」とを比較した場合、犯罪事実の心証の程度は、前者においてより高度なものが要求されるということが原則的に言えるから、検察官は、前者の嫌疑はないが、なお後者の嫌疑があるとして本件送致をしたものとも考えられないではないが、しかし、少年法四二条が本件のような場合にまで再度家庭裁判所へ送致することを命じているとは解されない。なぜなら、そもそも少年保護事件は、少年を保護処分または刑事処分に付するための手続でありしかも、それらの処分の前提となる犯罪事実の心証は、いずれも合理的な疑いを超える程度のものたるを要すると解すべきであるから、本件の場合に、検察官が保護処分ないし刑事処分を予想して家庭裁判所へ再送致することは、自家撞着だからである。少年法四二条により再度送致することが許されるのは、刑事訴訟における証拠能力の制限との関係から、公訴を提起追行するに足りる証拠はないが、この制限を受けなければ、犯罪事実を認定するに十分な証拠が存在しているとき等の例外的な場合に限られるというべきである。結局、本件送致は不適法である。(本件の場合、検察官は、再送致するまでもなく、自己の権限において、嫌疑不十分として不起訴処分をすれば足りたものである。)

三  そこで、さらに、本件送致の効力が問題となるが、これについては、大別して二つの見解が考えられよう。すなわち、上記の瑕疵は本件送致を無効とするほどのものではないから、裁判所は、改めて実体審理をなしうるとするものと、本件送致は有効とはいえず、審判条件を欠くこととなるから、本件は審判に付することができないとするものとであるが、後者の見解が相当である。けだし、本件記録によれば、前回当裁判所に係属中に、証人尋問、検証等の証拠調がなされ、検察官送致後に、さらに検察官においても、少年その他関係人の取調等の再捜査補充捜査を尽したうえで、嫌疑不十分との判断がなされていることが認められるのであるが、かりに前者の見解に立つて、再度実体審理を行うとすれば、裁判所は検察官の上記判断に拘束される訳ではないから、再び犯罪事実を認定することとなる場合も考えられ、その結果、再度検察官送致決定がなされるとすれば、検察官との判断の対立をいたずらに深め、事件が多数回検察官との間を往復することとなるおそれがあり、あるいは保護処分決定がなされるとすれば、本来検察官の手許で不起訴処分で終り得たはずであることと比べて均衡を失するうらみがあつて、妥当とはいえず、むしろ、後者の見解に立つて、直ちに本件を終了させ、少年を速かに保護事件から解放することが、より妥当な解決であると考えられるからである。

四  よつて、少年法一九条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 仲渡衛)

(別紙)

少年は自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四七年三月一五日午後〇時二〇分ごろ、自動二輪車(登録番号○○××××号)の後部荷台に○本○弘(一六歳)を同乗させて同車を運転し、岡山県後月郡○○町大字○○××××番地先道路を北から南に向かい進行中、同所は左曲線になつた道路であるから、法令に定められた最高速度(六〇キロメートル毎時)を遵守すべきはもちろん、ハンドルブレーキ等を確実に操作し、事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、これを怠り、時速八〇キロメートル以上の高速度で進行した過失により、左曲線になつた道路が廻りきれず自車が左横に倒れて道路を滑走半回転しながら暴走し、自車の後部付近を道路右側石垣に激突させ、よつて同乗させていた上記○本をして同日午後〇時三〇分ごろ、搬走中の救急自動車内において、頭蓋底骨々折並びに脳挫傷により死亡させたものである。

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